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ライヴ、企画、レッスン情報をお伝えします
サトウハチロー(1903-1973)という人はどうやらかなり波乱に富んだ生涯を送った人のようで、それを反映してか、その作品も多様である。その多様かつ多大な作品群から今回HAMORI-BEが厳選し、構成したプログラムは、前半が童謡および歌曲、後半が歌謡曲という正攻法。とはいえ正攻法に勝る戦法なし。「うれしいひなまつり」に始まり「悲しくてやりきれない」で終わる構成である、と聞けばその効果が想像できるはず。それにしても「とんとんともだち」の童心や、「お月さんとぼうや」に見るかつては確実にあって今は絶対にない無垢な想像力は、いかなるものか。今聴くとなぜ琴線に触れるのか。失ったから……。これもHAMORI-BEの戦法か。サトウハチローのいわゆる戦後歌謡は、世代を超えて日本人が口ずさむ曲ゆえ、〇〇風「 リンゴの歌」やMy「長崎の鐘」というのがあるだろう。HAMORI-BE風はここでも正攻法。オリジナルを聴いたことがなくても、その時代をはるかに過ぎても、歌自体のもつ力が分かる。こうした曲は、その「核」をとらえて歌うことができる人たちがいる限り、これからも継承されてゆくにちがいない。

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今日は久保さん津軽三味線はお休みの日。ピアノといつもの軽妙なおしゃべりで、久保さん言うところの「サロン」的コンサート。オープニングはいつも、よく知られた曲の久保ヴァージョンなんだけれど、今日は「シバの女王」でした。「いい曲ねぇ」と常連のお客様のひとりが、思わず、という感でうっとり。童謡「もみじ」、シャンソン「枯葉」でしっとり。そして本日の弾き歌いは「テネシーワルツ」。久保さんは絶妙に歌を1曲だけ取り入れる。しかもみずから愛してやまない曲だから、ものすごく丁寧に歌う。この日のテネシーワルツしかり。いろんな人がカヴァーしてますね。KUBO'S Tennessee Waltz は、あえて説明するならば、綾〇智〇ヴァージョンとは正反対の弾き歌い。やっぱりときどき声がかすれるけれど、たまに高音が届かないけれど、素朴でてらいのないKUBO'S Tennessee Waltz のほうがうんといいな。「風の行方」に続く本日のラストは即興の1曲。長調で「風」と「波」を想起させます。またこの曲聴きたいのだけれど…。
オールショパンの本日の後半プログラムは、バラード全曲。そうです、第4番のフィナーレという頂上に向けて、ノクターン9-2から登攀が始まりました。前半の白眉は、「華麗なる大円舞曲」、ワルツ第7番嬰ハ短調と第4番ヘ長調の、3曲のワルツ。後者2曲は、後半のバラードとのバランスを考慮して急遽組み入れたため、プログラムにはない。宮崎氏の幅のあるダイナミズムと巧みなペダリングでもって、この3曲のもともとの性格の相違をさらに際立たせた。ことに、第7番では、3回現れる8分音符の piu mosso の主題を、宮崎氏は3とおりに弾けわけてしまった! うかつにこの曲に挑もうとする初心者を、非情にも突き放したのでした。本番直前の曲追加は大正解でしたー。バラード4曲はそれぞれ演奏前に、宮崎氏による解説が入ることによってイメージがいやます。演奏は、緊張の糸がまったく弛緩することなくそれでいて、1・2番の激情、3番の典雅、4番の深さが、みな色つきの、具象と抽象のあわいのイメージとなって立ち現れた。そして本日のフィナーレといもいうべき4番のコーダの頂上まで登りつめたのでした。いや、ぜいたくな一夜でした。宮崎さん、ゆっくりお休みください。アンコールは、次々回12月7日のクラシックカフェで登場するヴァイオリンの河端 綾との2曲。クライスラー「美しきロスマリン」とモンティのチャルダッシュ。期待感たっぷりもたせてのお開きとなりました。
まずはシューマンから。ピアノソロ2曲「トロイメライ」、「アラベスク」はともに、これぞシューマン、THEシューマンという演奏でした。内声がよく聴こえ和声進行の美しさを再確認した次第。続く歌曲「女の愛と生涯」は橋川氏による丁寧な歌詞の解説つき。ガットネロではの特典ですな。ピアノと織りなす旋律のうえに橋川氏が作り出す表象が加わり、憂い、戸惑い、喜び、悲しみが、聴く者にぐっと迫る。先のピアノソロといい、この「女の愛と生涯」といい、初めてシューマンを聴くという人がいれば格好の曲であり演奏でした。ヴォルフの歌曲6曲は前半3曲がゲーテの詩によるもので、後半がメーリケ。やはり丁寧な解説つき。ありがたい。シューマンより約半世紀あとのその歌曲は、違いもくっきり。調性の縛りが希薄になった分自由に飛翔する旋律では、ピアノの役割も大きい。橋川氏自身「大好き」だというヴォルフのこの日の6曲は、いずれも屋外の陽光が感じられるような曲想で、氏のキャラとぴったり。前半の「女の愛と生涯」の終曲との対比が鮮烈でありました。アンコールは、ああ嬉しや、シューマンの名曲中の名曲「献呈」。宮崎&橋川ヴァージョンはとても晴れ晴れとしながらも初々しい「献呈」でした。橋川氏は、数週間後、約5年間のドイツ留学へ旅立たれます。帰朝されたら、さらにブラッシュアップされたソプラノをガットネロにて聴かせてください。ボン・ボワイヤージュ!

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今回の西條八十は、野口雨情、北原白秋とともに、明治・大正・昭和を生きたという意味ではコンテンポラリーであり、当時このの「三大詩人」のうちの、いわばアンカー。なので、歌詞に加えて旋律も「モダン」です。HAMORI-BE自身による曲解説もあったが、『かなりや』の詩は、詩そのものというより概念が新しい。それは清濁の「濁」を(あくまでやんわりと)童謡に導入したところだろう。1番から3番にかけて、小さな鳥に対して「そんな殺生な」と言いたくなる歌詞が続き、しかし4番では救いがあってほっとする、という構成。4番では旋律とリズムも「軟化」してほっ。この変化をHAMORI-BEが巧みに歌い分けた。『風をみたひと』と『お菓子と娘』は前者がイギリス詩からの訳で後者はパリ情景を歌ったもので、いずれも西洋の匂いを伝える曲。初演当時はさぞ斬新であったことでしょう。この日この2曲はそれぞれ小原氏・中川氏のソロでの演奏だったけれど、プラグラムの構成のうまさとHAMORI-BEの歌に対する真摯さでもって、今にあっても当時の「西洋へのあこがれ」が漂った。後半には『蘇州夜曲』で東アジアの大陸の風が吹いた。この曲いろっんな人がカヴァーしてますね。男声デュオをライヴで聴けるなんて稀有なことでは? この歌の再現スタイルとしては、歌詞においては時代を経ていることが客観性を担保し、ゆえにフィルターを通すことなく詩情を鑑賞でき、旋律においては過剰な表現を排したうえでデュオの美しさを加味したという、きわめてピュアかつ新鮮なスタイルなんじゃないだろうか。アンコールは『浜辺の歌』で日本の海の風が吹いた。
まずはピアノで、ムーンリヴァー、そして「慕情」のテーマ曲という超有名映画音楽2曲から。久保ヴァージョンだとこれまた新鮮。音は多いのだけれど、どうしたってくどくならないのが久保風味。お人柄かしら。この日のライヴでは、珍しい久保さんのピアノ弾き語りが聴けました。声楽家・テノールを志しながらも断念した現在のそのお声は、ご本人は「しわがれ声」とおっしゃるけれど、歌声になるととてもよいではありませんか。少し息苦しくって、ときどき高音が届かなくって、そういうのがかえっていい感じ。雰囲気はまったく異なるけれど、ゲーンズブルの晩年のあの声の感じ。失恋とか諦念とか待ちぼうけとか、そういう歌詞に似合う感じ。また聴きたい感じ。津軽三味線は、「十三(とさ)の砂山」、当然「津軽ジョンカラ節」。至近距離も至近距離、お客さんが久保さんを50㎝くらいに扇型で囲んでの鑑賞。加えて、津軽三味線の「叩く奏法」「叩かない奏法」の実演つきレクチャーも。それにしても久保さんのトークは面白い。誇張などのケレン味はまったくなく、いわば企まざるおかしみがあって、これもまたお人柄なのでしょうね。三味線のレクチャーでは、激しい奏法がいかに過酷かを久保さんが語ると(詳しくは書けません、あしからず)、気の毒よりも滑稽でおかしくてたまらない。ピアノのライヴでミスタッチをしてしまったら、その箇所をその後何度も繰り返して弾き、あたかもミスではなく正しい旋律であるかのようにしてしまうなんていう話をひょうひょうとするので、笑い声を抑えるのに必死になってしまう。これもこもれびカフェの大きな楽しみです。演奏の後半は再びピアノに戻り、個人的に大好きな、もはや名曲「風の行方」(作曲:久保比呂誌)も聴けて、この日もこもれびカフェを満喫いたしました。
プログラムにない、ショパンのポロネーズ第1番(ピアノソロ)からスタート。続く2曲目は序奏と華麗なるポロネーズ(チェロ&ピアノ)。いずれも悲壮感やら、いわゆるショパンの悲しく切ない「望郷の念」などを聴きとらねばならぬ作品ではない。とはいえ1番は嬰ハ短調ゆえ激しくもウツな旋律から始まるのだが、続くアルペジオの飛翔感と転調後の流麗な旋律を、宮崎氏が振幅の大きい表現とペダルの巧みな操作でもって奏することで、力強く凝縮されたポロネーズになった。序奏と華麗なるポロネーズはハ長調。やはりほっとしますな。歌心も詩情もあふれたチェロの旋律が美しい。ときに、ガットネロの広くない(はっきり言ってかなりせまい)場所でのライヴのウリは、ほぼすべての聴衆が「砂かぶり」で楽しめることなんだけれど、それゆえよくわかるんです。たとえばこのチェロとピアノのポロネーズが、非常に聴きやすい曲ではあっても、演奏者にとっては難曲であることが。チェロの弓の動きによく表れている。この曲、さらにチェロパートの難しい編曲があるらしい。大町さん、次は超絶技巧ヴァージョンでお願いします。3曲目の幻想ポロネースは第1番とは対極にある曲想で、瞑想的・内省的でありながら激情あふれる、いわば複雑な曲。英雄ポロネーズのようなわかりやすさなし。その深い音楽性のために聴く側が迷子になりそうなんだけれど、この日の宮崎版では、演者も聴者も集中力途切れることなく、ショパンの晩年の深ーい深ーい悲しみの深淵を共有したのでした。ベートーヴェンは2曲。ピアノソナタ第1番のあと、チェロとピアノのためのソナタ第5番。第3番が最も有名だけれど、個人的に、ベートーヴェンの後期の作品が好きなのと、フーガというスタイルも大好きなのでこの日の5番楽しみにしておりました。さまざまな要素がぎゅっと詰まったような第1楽章と、フーガ形式の第3楽章にはさまれた第2楽章のアダージョが、たゆたうたゆたう。この3つの楽章の対比が素晴らしく、大満足。そしてアンコールのリベルタンゴと白鳥で満腹。かなり濃ーいこの日のクラシックカフェの雰囲気伝わりましたか? 

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ピアノソロ:久保比呂誌
  無題(即興)
  いつか君と歩いた道 (作曲:久保比呂誌)
  今生まれるとき (作曲:久保比呂誌)
  上を向いて歩こう

アコーディオンソロ:後藤ミホコ
  ロシアンメドレー(悲しき天使、黒い瞳、百万本のバラ)

ピアノ&アコーディオン 
  いにしえの光 (作曲:久保比呂誌)

ピアノソロ
  木もれ日 (作曲:久保比呂誌)

ピアノ&アコーディオン 
  風の行方 (作曲:久保比呂誌)

津軽三味線&アコーディオン
  りんご追分 
  津軽じょんから節

この日のこもれびカフェは、久保比呂誌氏(ピアノ、津軽三味線)と後藤ミホコ氏(アコーディオン)のコラボ。演奏者は二人だけれど、楽器は3種類というなかなか贅沢なライヴですね。前半は久保さんのピアノソロ。久保さん自身の作曲によるピアノ曲を聴くたびに、筆者は「風」を思います。季節も強弱も異なるけれど、風なんだな。この日のピアノ演奏の間にはさまれたMCでは、ご自身のお姉上のことを話されたのだけれど、そのお話しぶりは淡々としていてまったく誇張などはうかがえず、なのに用いる比喩や形容が絶妙で、久保さんのお姉さんの姿が目に浮かぶようでした。この自然さと彩りが、久保さんのピアノの「風」なんじゃなかろうか。アコーディオンの後藤さんも、この久保さんのお話にいたく心を動かされたらしく、ご自分のソロの前のMCのまくらが、「いやぁ、久保さんのお話ホロリときました。」でした。後藤さんのソロは、よく知られたロシアの曲のメドレー。スラブ民謡の旋律をアコーディオンのソロで聴くのは筆者は初めて。日本人は好きなんです、このスラブの旋律が。女声合唱には少しばかり食傷気味(スイマセン)だったけれど、アコーディオンと短調の旋律ってよく合うんですね。そうか、コンチネンタルタンゴにもアコーディオンが用いられれますね。なんでも後藤さんご自身がロシア贔屓で何度もロシア体験があるということで、ひたすらノスタルジー、感傷に陥りがちなロシアの曲が内実を伴って凝縮された形で現れた演奏でした。そして最後の2曲が津軽三味線とアコーディオンのコラボ。もちろんこの組み合わせを聴くのは初めてです。あえて「津軽じょんから節」のみの感想を。ナニコレ? すごすぎ。脊椎にしびれが走ったね。二人ともまったく気負いのないノリとそして安定したテクニック。で、そこから奔出するサウンドは情念のつぶてとなって、脊椎を通り五臓六腑に飛び散る。曲の終焉に向かって徐々に音が増え、フォルテになり最後の最後、三連符(邦楽ではこう言わないだろうけれど)に至ると、あたくしの場合、言葉や理性がどこかに飛んで行ってしまうんですね。まだ終わってほしくない、だけどこれ以上この音の中にとどまると心かき乱されすぎて疲弊しつくしてしまうぅ~、というところでビャンッと終わる。Bravo! 以外の何もありません。演奏後、来る7月15日、高槻でのライヴの練習のために、尺八の星田一山氏が参上。三味線とアコーディオンと尺八のコラボだそうです。詳しくは     。ガットネロでも近い将来必ず。アップした写真、演奏に興奮していて、コラボの様子撮影し忘れました。あしからずご了承ください。DSCN0647-1.jpg



HAMORI-BE の うた☆カフェ Vol.7
                                                
~野口雨情を歌う~
                                                   
プログラム
歌よありがとう
春の歌
鯉のぼり 
若葉
茶摘み
みかんの花咲く丘
夏は来ぬ
あめふり
十五夜お月さん 
青い眼の人形 
赤い靴
~みなさんご一緒に~ 
七つの子
しゃぼん玉 
黄金虫 
兎のダンス 
雨降りお月―雲の蔭― 
波浮の港
~みなさんご一緒に~ 
証城寺の狸囃子 
あの町この町

 筆者(スタッフN)は初体験のHAMORI-BE。彼らのテーマソング的な「歌よありがとう」に続き、「春の歌」から「あめふり」までは旬(春・夏)の歌々。 誰もが口ずさめる歌ながら、多分誰もがフルコーラス歌えない歌々、違いますか? たとえば「あめふり」。作詞は北原白秋です。誰もが歌える1番 ♪ あっめあっめふっれふっれかあさんが~♪ に始まり、5番まであります。さながら4コマならぬ5コマ漫画のごとく起承転結のストーリーがあり、完結して初めて 1番の  ♪ あっめあっめ… ♪  が重要な「起」のまさに出だしであると理解できます(できたぁ~)。ある映画のカット版しか見たことなかったのが初めてノンカット版見て、「そうだったんだー」というまさにあの感じですね。再発見しました。こうした「再発見」ももちろんなんだけれど、HAMORI-BEの歌唱力の確かさがまた快感なんです。 ♪  ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷらんらんらん ♪ は、すべてのコーラスの後半に共通の歌詞・旋律なんですが、この部分、高音のスタカートでしかも音程が結構離れていて、ピタッピタッとはずさずに歌うのは至難の技なのに、さずが。ピタッピタッとユニゾンで決めます。カタルシスを得られるのはあたくしだけでしょうか?「十五夜お月さん」からが野口雨情の詩による曲集です。またもやなんですけれど、「青い眼の人形」ってこんなストーリーだったんですね。めちゃくちゃ気の毒なお話、悲劇だったのね。知らなかった。目頭押さえてるお客さん幾人もいました。すべての曲に、ユニゾンからアンサンブル、アンサンブルからユニゾンのアレンジがなされていて、その両者間の移行がわくわくする。「あっ、ここからハモるな」「おっ、ここから重なるのか」という風に。そして美しい。知っている曲、知っていたつもりの曲、初めての曲が、HAMORI-BEによる演奏によってその景色が無色からパステルカラーに、茫洋とした色彩が鮮明に、変容を遂げました。 次回のうた☆カフェは8月24日(日)です。引き続いて一人の詩人の特集とか? 楽しみ☆                                                                                      
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